三崎教会 週報 6/5

2016年  6 月  5 日   週  報 No.23
日本キリスト教団 三崎教会                
三位一体後第2主日   主 日 礼 拝    順序 (午前10時30分)  
                 司会 栃久保宣子   奏楽 伊勢田宏子                                    
前奏                  
招詞       詩編 106:32〜33 (旧) P.946
讃美歌      26(グロリア、グロリア、グロリア)   一同
主 の 祈 り                           
交読詩編                24       
聖      書  エフェソの信徒への手紙 2:17〜22 (新)P.354
祈  祷
讃美歌         新聖歌325(歌いつつ歩まん)   一同        
信仰告白
説教      「神の家族・神の住まい」  佐藤千郎牧師
祈      祷 
讃  美  歌         390(主は教会の基となり)  一同
献金  
頌栄           27(父・子・聖霊の)      一同
祝      祷
後      奏  (礼拝当番) (今週)
               (次週)                
◎ 教会学校礼拝(午前9時30分)         
      「マケドニアへ」 使徒言行録 16:6〜34  
         ()()   
          ▲先週の集会    男   女   計                        
         礼   拝      5   21   26
          教会学校      1   3    4 (教師 ・父母) 
   (教会住所)三浦市城山町4−4 
        牧師(代務)生野隆彦   伝道師 進 宏一  
  (電話・FAX) 046-881-7923   (e-mail) fgmfg320@ybb.ne.jp


(聖句) キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。
                   エフェソの信徒への手紙 2:17                                                            
(今日の言葉) 
 キリストが告げ知らせて下さった平和の福音の実、キリストにおいて組み合わされて成長する群、それが神の家族、神の住まい(聖なる神殿)である教会です。  

(報告)
熊本地震の被災者を支援するために、日本キリスト教団を通して献金いたします。献金箱は受付にあります。ご協力お願いいたします。
○墓前礼拝を、来週6月12日に予定しています。教会納骨堂は東京湾を望む久里浜霊園の、風光明媚な高台にあります。(雨天順延)
○婦人会総会を6月19日予定しています。食事をご用意いたします。
○東湘南地区教会音楽祭(7月10日、横須賀学院チャペル)に参加します。
「歌いつつ歩まん」、「シャローム」を歌います。礼拝後、短時間練習します
ので、ご参加お待ちしております。
○お祈りください! ①国内外の格差②それぞれ違う子供の成長を手
助けできること ③キリストの言葉によって、救いを求め、教会生活をする
者が救われること④すぐ行ける、三崎地区の城山にある教会であること
⑤次の60年に向け、私たちが教会をつなぐ役割を果たせること
○礼拝堂では、静かにその日の聖書を読み、心を神に向けましょう。
○日毎の糧(6月3日)「もっとも、信心は満ち足りることを知る者には、大き
な利得の道です。」        テモテへの手紙一 6:1〜10
  金銭を追い求め信仰から迷い出て、ひどい苦しみに突き刺されることがあると、この手紙の著者は言います。お金は誰にとっても魅力的で、欲しくない人などいません。ですから富に望みを置くのは一つの方法です。ただ、もうひとつ、神は必要なものを必ず与え、満ち足らせて下さると信じる選択肢が私たちにはあります。
次週礼拝予告  6月 12日(日) 午前10時30分
説教題 「ただ触れるだけで」  生野隆彦牧師
聖書  マルコによる福音書 5:34
讃美歌 24 194(神さまはそのひとり子を)474(わが身の望みは)29 



2016年6月5日・三崎教会 三位一体後第2主日礼拝

「今朝の礼拝説教の流れ」               佐藤千郎

○主イエスが捕えられ十字架に架けられ殺されると、弟子たちは自分たちもまた捕えられるのではないかと恐怖に怯え、身を隠していました。その後復活の主に出会い、主イエス復活後50日目を境に、「イエスは私たちの救い主キリスト」と語り始めました。この日が、ペンテコステ(聖霊降臨祭)、キリスト教会の誕生日です。この日の主役は聖霊です(使徒言行録1:6〜8、2:1〜4)。そして、このことは、聖霊がイエス・キリストの体なる教会の、生みの親であることを意味しています。
 教会誕生をもたらした聖霊の働きとして、もうひとつこころに留めておくべきことは、キリスト教会の誕生が、ユダヤ人と異邦人との和解を実現したと言うことです。
○教会誕生によって実現した和解について、「キリストによって私たち両方の者が一つの霊に結ばれ」(エフェソ2:18)、「神の家族」(エフェソ2:19)と言われていますが、当時のユダヤ人社会で、このことは自明のことではなく、奇跡であり、聖霊の働きの実以外の何ものでもありませんでした。
○教会は、旧約聖書の世界即ちユダヤ人の歴史を土台に、神さまの約束の成就として誕生したのですが、ユダヤ人の歴史と共に、ユダヤ人の中に根強く存在していたのは、「自分たちこそ神に選ばれた唯一の民、唯一の神の家族」への揺るぎない信念であり、誇りでした。だが、世界の歴史を狂わす罪(原罪)は、ユダヤ人の信念と誇りに誰よりも真面目で熱心であったがゆえに、隣人愛を語り分け隔てなく食事をした主イエスと、厳しく対立したファリサイ派の人たちによって、明らかにされていったのでした。
○「あなたがたはもはや、外国人(異邦人)でもなく、寄留者(自国の人でない)でもなく、聖なる民の属する者(神の選びの民=選民)、神の家族」(エフェソ2:19)と言う言葉は、イエス・キリストが「要石(カナメイシ)」(エフェソ2:20)となって下さることによって実現しました。要石とは、石造りのアーチ最上段、両方から積み上げてきた石の接触部分にはめられる石のことで、この要石によって、両方から積み上げられてきた石が崩れることなく、一つの形を完成させるという表現は、教会が「和解」の群であることを示唆しています。和解とは勝敗を断定せず、お互いの立場、思いを理解し合い分かち合うことです。それこそ、聖霊の実に他なりません。神の家族、神の住まいは聖霊によって形作られていきます。
 「我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し……」と言う信仰告白に込められた恵みを、改めて覚えます。